経済小説を読む: Part_I



●#1:『系列』

私は、清水一行著の「系列」を読みました。この本は、読んでいて夢中になれておもしろかったです。けれど、登場人物に嫌な奴ばかり出てくるので、主人公親子の立場になって読んでしまうと、腹が立ち、イライラして、なんだかとても悔しくなりました。
主人公の経営する会社は、大きな自動車会社に部品を提供している下請けメーカーなのですが、製品の軽量化などを要求してこられ、それに背くと契約を切ると脅され、要求を飲んでも研究開発の費用は負担してくれないし、研究データだけ持っていかれ、できるだけ安く安く仕入れようと下の利益は考えてはくれず、おまけに主人公の会社は嘘をつかれ騙され、乗っ取られる。
話の途中で、自動車会社の行なっている下請けイジメをマスコミに訴えて、実情を世の中の訴えることで批判を待ち、致命的なイメージダウンをさせようという案がでるが、結局実行はされなかった。私はこの時、マスコミに訴えればよかったのに、と思うのと同時に、やはりマスコミの力は大きいんだという事を実感した。
自動車会社の人間は下っ端の平社員でさえ、系列部品メーカーの社長を「あんた」とののしり暴言をはいていた。ここでまた更に腹が立ち、「潰れろ!!」と思った。
自動車会社の人間が、「うちからアンタ(部品メーカー)のとこの会社にアンタが定年退職したら後継社長をだすよ」と言ったのにも腹が立った。息子がいるっていっているのに・・・と。そして当然拒否したらなぜか逆切れされ「じじい!」と言われた場面ではなんだか怒りが頂点に達し笑いがでた。
ついには信頼していた友や(裏切らなかった人もいるが・・・)部下にも裏切られ、よく殺し合いにならなかったなと思った。
最後に主人公は会社を奪われ、裁判に告訴し、勝つがそこで話は終わってしまっていた。今まで散々、人を裏切り、もてあそび、苦しめてきた人達が、これからどのように苦しみ人生を歩んで行くのか続きを読みたいと思った。ひどい事言っていると思われるかもしれないけど読んだ人ならみんな思うと思う。 この本は、読む人みんなを不快な腹立たしい気分にさせるが、読んでいると不思議におもしろいと思うし、企業の関係とかも分かったので、たくさんの人に読んでみて欲しいと思った。ドラマ化するなら是非、主人公の浜岡茂哉役は大杉蓮が合うと思いました。
日本独特の商慣行が見事に書かれていてすばらしかったです。

●#2:『敢えて出社せず』

サラリーマンをとりまく環境には会社内や家庭環境において様々な人間環境がある。それによって会社に出社したくない、または出社できないという人も出てくる。この本にはその様々なケースが書かれている。
この本のタイトルにもなっている『敢えて出社せず』では現代の社会問題である不登校とそれによって父親が会社に出社しないということを関連させて書かれていた。父親は会社に出社しなければいけないが、子供のことを全て母親にまかせっきりにしてはいけない。このバランスの取り方の難しさによって娘が不登校になってしまい、そして父親も出社拒否をするようになった。最初は母親も娘も父親を否定するばかりだったが、日に日に少しずつみんなの考えが変わっていったところで話は終わる。
これから先、僕自身の人生の中でもこのような『家族』と『仕事』のバランスの取り方について悩む日がやってくるのかもしれない。家族は大切だけど、仕事をしないとその大切な家族は養えない。このジレンマをどう克服するかが父親の腕の見せ所であり、一番の難しさだと思う。僕は将来、家族を大切にしたいと思っているのですが、どうなることか心配です。
また『息子の学歴』も現代の学歴社会問題を反映しているようで大変おもしろいものであった。長男は有名大学を卒業して企業に就職しているが、次男は浪人生となり、女性と同棲し、勉強もせずに小説ばかり書いている。この2人を見るとやはり親としては次男にしっかりと勉強して大学に入って欲しいと考えるものだ。家に戻り、大学受験をするように何度も説得を試みるが中々上手くいかない。そんな日々が続いたある日、次男が小説で「文芸現代」の新人賞を獲得した。それを機会に親は大学を卒業して企業に就職した長男と、大学には入らず小説ばかり書いていた次男のどちらがよい選択をしたのか、考えが逆転してしまう。僕としては、今もこれからも、しばらくは学歴社会だと思うので、やはり長男の生き方を選択するし尊敬する。小説などを書くことは才能であり、開花するかどうか分からないものなのでそれにかけたりする人生は送りたくないと思う。だから僕は公務員志望なのかもしれない。それにしても今まで長男を高く評価していたのに、次男が新人賞を獲得したとたん、態度を変える親は僕はあまり好きではない。
この本にはサラリーマンを取り巻く環境についてだけではなく、自分の将来の父親像についてまで考えさせられたと思う。まだ時間はたくさんあると思うのでゆっくり考えたいと思う。

●#3:『火車』

今回私は宮部みゆきの『火車』を読みました。私は一年位前からよく小説を読むようになったのですが、そのきっかけになったのが宮部みゆきの本で、それ以来宮部みゆきは私の好きな著者のひとりです。どんなところが好きかというと、宮部みゆきの作品の登場人物がとても魅力的に描かれているところです。読んでいて知らないうちに、いつも登場人物に感情移入してしまっているような気がします。登場人物が魅力的なのは、主人公だけではなく、脇役にしても犯人にしても、それぞれの背景が丁寧に描かれ、それぞれにしっかりとした存在感があるからだと思います。ストーリーの展開も、大きな流れはきちんとあるのですが、いくつかのサイドストーリーが加わることで、よりストーリーが面白くなっているのだと思います。宮部みゆきといえば推理小説ですが、ただ残酷なだけのストーリーではないところも、私が宮部みゆきの作品が好きな理由のひとつです。
そんなわけで、私は以前にも一度『火車』を読んだことがありました。ただその時は単に推理小説として読んでいたので、今回経済小説としてもう一度読むことで、また違った面白さを味わえたと思います。『火車』ではカード社会や破産について説明も交えながら詳しく描かれています。『火車』は今から10年程前に出版されたものですが、当時でもうこれだけ大規模にクレジット産業が繁栄していたというのは大きな驚きです。そして当時でそうだったなら、現代ではその規模はいったいどれほどになっているのだろうと少し恐ろしくなりました。現代はテレビを見ていれば必ずといっていいほど消費者金融のコマーシャルが流れ、デパートに行けば大体どこでもカード入会を勧められます。私はなんとなくカードは怖いというイメージがあるので、キャッシングはもちろん、カードで買い物をしたりすることはありません。だからなんとなく他人事のような気持ちでいましたが、今の社会に受け皿は有り余るほどあって、ちょっとした気持ちの変化などから、自分の身に降りかかってくることなのかもしれないと、認識を改めました。作中で溝口弁護士の言う「クレジットローン破産は公害だ」というフレーズが、印象に残っています。
『火車』では関根彰子と新城喬子というふたりの女性が登場します。そしてそのふたりは高度経済成長期型の破産と、現代型の破産の象徴として描かれています。関根彰子は現代型の破産、若者型の破産であるといえます。借金に関する無知や、ちょっとしたきっかけから誰の身にも降りかかる恐れがある破産です。新城喬子は高度経済成長期型の破産、一家ぐるみの破産であるといえます。これは主に住宅ローン破産で、一家の主が借金を背負うため、規模も大きく、被害も大きくなります。作中に出てくる新城喬子の人生はあまりに壮絶なものでしたが、現実にこれと似たようなことは起こっているのだと思いました。自らの苦境から逃れるために血のつながった実の親の死を切望する、他人の戸籍を乗っ取る、信じられないようなことですが、自分がもし同じ立場になったとしたら、実際行動を起こすかどうかは別として、そんなことを考えるくらいはしてしまうかもしれないと思いました。
『火車』では自己破産についても詳しく説明されています。私は自己破産についての知識はほとんどありません。そのため自己破産というと、一度してしまったらその事実は一生ついて回り、様々な権利なども同時に失われるのかと漠然と思っていたので、その事実が戸籍にも公表されず、選挙権などが取り上げられるわけではないというのは少し意外な気がしました。
また、戸籍に関しても描かれており、ここでも驚いたことがありました。それは戸籍制度が欧米にはないということです。夫婦別姓だったり、養子の問題だったり、問題になることもあるのに、それが日本特有の制度だったというのは今回初めて知ったことでした。
このように今回『火車』を読んで、ストーリーそのものの面白さはもちろん、知らなかった事実も知ることができ、楽しく課題に取り組めたと思います。

●#4:『ベンチャーわれ倒産す』

この本は、著者の板倉雄一郎さんの起業家としての自分の成功と失敗の話、失敗の分析と反省が書かれている。著者は、インターネットビジネスの先駆者として「ニュービジネス大賞」および「通産大臣賞」をもらいながら、その1年十ヶ月後には負債総額37億円で自己破産することになってしまった。成功していた時は、ベンツ、ポルシェ、など高級車を乗り回し、白金に家を買って優雅な生活を送っていた著者が、数年後には自己破産申告、人生は甘くないな、と思った。
私は、「ベンチャー」ときくと、成功者と失敗者の差が激しく、短命なビジネスのイメージがある。誰かよりも先に、今までにないビジネスを展開するということは、とても魅力的なことであると思うけれども、実際は本当に難しいことであることを実感した。しかも、アメリカに比べると、日本ではベンチャー企業は少ないのは、日本がアメリカに比べてベンチャー企業が育ちにくい環境であることが分かった。この本の中でも出てきている銀行からの融資について、著者は、失敗の分析と反省で銀行からの融資はすすめないと書いている。私は、無理にでも返済を要求するなんてひどいと一瞬思ってしまったけれど、銀行の立場で考えてみたら当たり前のことであると思った。しかし、多くの銀行は企業の成長見込みに対して融資するのではなく、大手の銀行がメインバンクであるからとか、他の銀行が融資しているからとか、周りと一緒になって動こうとする銀行の考え方には納得できない。アメリカでは、ベンチャーが銀行に頼って起業することは極めて少なく、銀行側もどうなるか分からないベンチャーにお金を貸したりはしない。そのかわり、アメリカでは直接金融市場が整備されていて、融資ではなく、投資を資金調達の基本としている。「日本でもリスクマネーの提供市場が整備されることが必要である」と著者は主張している。 ベンチャー企業がこれから必要だと思うならば、もっとベンチャーが育ちやすく、起業しやすい環境を整えていくべきであると私も思う。
著者は、倒産して改めて考えさせられたことを書いていたが、企業のトップになると、会社を運営していくことで頭がいっぱいで、働く社員とのコミュニケーションを軽視してしまいがちであるが、同じ職場で働くもの同士のコミュニケーションはとても大切なことだと私も思う。仕事の面だけでなく、精神的にも支えあうことはとても大切なことだと思った。著者は、若いころ、お金に不自由なく生活をするために起業していたみたいだが、私は、先を考えず、目的なしにお金を儲けたいがために起業するというのはとても危険なことであると思った。同じ起業するでも先のことを少しでもいいから考え、目的を持って、それの結果としてお金に恵まれるというほうがいいな、と私は思った。

●#5:『崩 壊』

先日のゼミの最後に先生から「経済小説を読んで感想文を書くこと」と聞いて、「経済小説っていったい・・・」と思いました。私は“崩壊”という小説を手に取りました。“堅苦しそう”“気楽に読めなさそう”というのが第一印象でした。しかし、実際読み始めると、非常に入り込みやすいストーリーで、それほど難しい用語なども出てこなかったため、最後まで肩の力を抜いて楽しく読むことが出来たと思います。
この小説は、ある経済評論家の誘拐事件から始まるのですが、最初のうちはほとんどが謎だらけで、物語が進むにつれ、徐々に全体像が見えてきます。様々な登場人物が登場し、初めは無関係であった人物同士が、お互いに関連していくシーンごとに非常にワクワクしました。そして終盤にそれまでバラバラだった多くの“点”が、一つの“線”になっていく過程には、思わずページをめくる手に力が入りました。
自分は格闘技に興味があるので、物語中盤〜後半あたりで出てくる、肉弾戦での抗争のシーンでは特に頭を使わず、ウキウキしながら読めました(谷田部光一郎vsブルーザーは最高でした)。実際にこのような、社会の“裏”での戦いは存在するのでしょうか。それに、本書で頻繁に登場する男女の様々な絡み。この小説の中では実際の株のやり取りや、会社や銀行間の交渉には自分の想像していたより多くの要素が絡んでいました。今現在私たちの生きる社会の“裏”でも、このようなやりとりが行われているのか、と想像すると少しだけ怖くなったような気もします。株のやりとりなど、話の内容が現実的だったので、このような内容がノンフィクションでもおかしくないようにも思えました。
この小説がリアルに交渉の現場を映し出していると仮定して、「コミュニュケーション能力」という要素が非常に重要な役割を持っていると思いました。コンピュータの時代になり、直接相手と顔を合わせなくてもやり取りが出来る今ですが、重要なやりとりでは、やはり、顔を合わせて、生の声を交わし、いかに自分たちに利益のあるようにもって行くかという、一種の試合が行われるのではないかと思います。このような試合でうまく自分のペースに持ち込むには、やはり「コミュニュケーション能力」が必要なのかなぁ、と感じました。
もう一つ、考えさせられた場面は、謎の多い人物であった万里小路厳が、結局日本の将来を考え行動していたということが読者に分かる終盤のシーンです。自分たちの利益だけを考えていた小早川伸介、江田島勇平らと対照的に、海外の大物たちの動きを察知し日本を守ろうとした彼は、素直にかっこいいと思いました。以前から思っていたのですが、自分もできたら、自分の生活を守ることだけにいっぱいいっぱいにならず、多くの人々を助けられるような人物になりたいと改めて思いました。
今回の小説は始めてのジャンルだったこともあって、また新しい世界観を持つことが出来た気がしました。機会を見つけてまた経済小説を読んでみたいです。
 

●#6:『小説 円投機』

私はなぜこの本を選んだのかというと、正直言ってなるべく薄い本を探していて残っていた中で一番薄かったからです。私は本を読むのが大嫌いで、それも経済(金融)の本なんて読んだこともなく、とても理解できる自信がなかったので、少しでも薄いものがいいなと思っていました。また、題名に『小説』という言葉が書いてあり、本嫌いな私でも小説なら他のよりは読みやすいかなぁと思い、この本を選びました。でも、読み終えた今、感想を書くのがすごく難しいです。なぜなら、ほとんど内容を理解することができなかったからです。
まず、題名の意味もよくわからず、これじゃダメだと思い、『投機』という言葉を辞書で引いてみました。辞書には、「市価の変動を予想して、その差益を得るために行う売買取引」と書いてありました。この意味を調べた時に思い出したのが、私がフランスに行く時に日本円をユーロに両替した時のことと、帰ってきてユーロを日本円に両替した時のことです。ユーロに両替する時は、少しでも安くユーロを買えるように毎日ニュースでチェックしていました。そして、1ユーロが130円で買えるようになった時に両替しました。友達は、1ユーロ=135円の時に両替したらしいので、例えば日本円で同じ10万円でもユーロでは約30ユーロの差が出ることになり、私は30ユーロ得をしたことになりました。そして、フランスから帰ってきて、残ったユーロをなるべく高く売りたくて、またニュースを見る日々が続きました。「1ドルはいくら?」というのはどこのニュースでも報道しますが、ユーロまで伝えてくれる番組が少なくて苦労しましたが、なるべく毎日チェックしました。私は、ほとんど毎日ニュース番組を見ていますが、そのきっかけになった出来事でした。 そんなことを思い出しながら読み進めていきましたが、ディーラーの世界の話など、読むのも聞くのも初めてで、まったく理解できなかったです。ただ、私が簡単な気持ちで考えていたことを、商売としてやっている人達がいるんだなぁと気付かされました。また、その人達の仕事場の雰囲気が少しだけどわかった気がしました。でも、本の内容というか経済的なことには理解に苦しみました。私は、経済的なことよりこの本に出てくる人間関係の複雑さに頭を悩ませました。なんか知り合いなのに情報を売り買いしたり、その情報も確かではなかったり…と仕事のためにこんなことも起きてしまうんだと思い、ちょっと怖くなりました。
この本を読んで、自分は本当に無知なんだなと情けなくなりました。もっとちゃんと勉強して、この本が理解できるように成長していきたいと思いました。

●#7:『株の罠』

自分は大学一年のときに清水一行の系列を課題図書として読んだ。今回で清水一行の小説を読むのは二回目だが、正直、面白いと思った。
『株の罠』は五つの短編からなる短編集で、五つの話に共通したことは、大きな力(権力)の前に個人が自らの権利を主張し奮闘するが、結局最後にはその大きすぎる力の前にねじ伏せられてしまうというところである。
この短編の主人公達はなにも行き過ぎた権利を主張しているのではなく、本来社会では認められて良いような権利を求めている。大きな力の理不尽な部分を強く感じた。
三つ目の話は少し内容が違い、主人公は自ら金におぼれていき、自業自得のような部分も感じられるが、ことの発端は母が病気で金が必要だったこと、誰もが持てるわけではない特異な才能を周囲が放って置かなかったことにあるので、今の時代の悲しいさだめのようなものを感じた。
この五つの短編から、皆が皆自分のために生きている競争社会の生み出した罠を読み取った。
それぞれ結末まで書かれてはいないが、その後の主人公はみな転落していくのみである。
『罠』という言葉どおり、本人たちはその結末に気づかずに『罠』にはまり、一度はまったら抜け出すことはできない。< 今現実の社会がどのようなものなのか実際に社会に出てみないとわからないが、このような『罠』存在することは確かである。もし自分がこのような『罠』にはまってしまい、それに気づいたとき、自分はどのような対応をとるのだろうか、自分の力でうまく事態を切り抜けるような劇的な話はないだろう。会社のご機嫌をとって目立つことなく『奉仕』する必要があるのだろうか。そのような疑問を社会に投げかける意味でもこの小説が読まれる価値が存在すると思う。

●#8:『会長はなぜ自殺したか』

この本では、第一勧業銀行から始まった金融界と総会屋との癒着の構図が描かれえいました。ノンフィクションだけに、とてもわかりやすかったです。そして、その癒着の結末は第一勧業銀行の元会長らの自殺というものでした。この本を読むとそこまでの経過が良くわかりました。なぜ総会屋との癒着があったのか、なぜ東京地検特捜部の捜査が及ぶまでになってしまったのか、それらの問題はかなり複雑な問題であると思いました。あたりまえのようになった利益供与は、前任者から引き継がれていき、広がりをみせているようでした。いかに腐敗が連鎖するものであるか、ということがとても具体的に示されていたと思います。決して許されないことをしているにもかかわらず、本人たちはそれほどいけないことをしているという自覚がないように思えました。それが、突然とりあげられ犯罪といわれ、そのような中にある戸惑いなども自殺につながったのだと思います。しかし、自殺が一番良い責任の取り方かどうかには疑問を持ちました。自殺することですべての責任が取れるとは思えませんでした。残される会社や、社員や、家族のことを考えてのことだったのでしょうか。他に何かいい責任の取り方はできなかったのか、と思いました。
この利益供与事件はたまたま発覚し、明らかになりましたが、まだまだ闇にかくれている事件があるように思えます。大企業のトップといえども、一度道を踏み外すと、周囲を巻き込んで取り返しのつかないことになってしまします。本来の経営者とはまるで違う存在になってしまうのです。そして、一つそ今回のような事件が発覚すると私たち市民は何を信用していいのかわからなくなってしまう気がしました。このような事件は今後あってはいけないと思いました。

●#9:『傷』

まず、第一印象として、この小説を読み始めた時は、人間関係や、金融の専門用語などがわからず内容を理解するのに苦労したという印象であった。しかし、登場人物の人間関係がわかるにつれて、金融の知識がなくとも、話の展開が理解できるように、話の展開が構成されていた。このことは読む側としては非常にわかりやすく、最後までスムーズに読めたことはとても助かった。
内容に関しては、主人公(州波)の男らしさには、一人の人間として、力強さを感じるとともに、とても魅力的であった。また、人間の心の裏側や、心理戦、登場人物の個性などがうまく描写されていて、読んでいて緊張感が伝わってきた。現実の金融の世界はこの小説にどこまで近いのか、自分にはわからないが、この小説からわかることは日本の組織社会がいかに異常であるか、また自分の感情を素直に表に出せないこの社会が異常と思った。あとは、日本人の律儀で真面目な姿がとても印象的だった。
この小説は最後まで集中して読めた。その中で、一番印象に残ったことは、財界のトップの人物が、地位、財産、名誉すべてをすてて、一人の人間のために、立ち上がって、悪事を正そうとするその人間くさい行動であった。この小説からは、自分から動かなければ、自体は何も解決しないということを改めて考えさせられた気がする。金融の世界が現実の社会では、どのように活動しているのか、自分にはよくわからないが、この小説はそういったものを知りたいと思わしてくれたのを含め、読む価値が十分にあって、おもしろかったという感想である。

●#10:『指名解雇』

『指名解雇』という題名から、リストラの話かなという想像がつきました。話の内容がすごくリアルで、こういうこともあるのだなと一気に読みました。
やはり、一部の上の人間だけで解雇を決めてしまうのは理不尽だと思います。会社側の言い分もあるでしょうが、この本に関しては副社長の独断とそれについていってしまった人事部長が起こしたことで、経営不振だったというわけでもありません。人の人生を変えてしまうことをこんな一部の人間だけで決めてしまうのは大問題です。
この本を読んでリストラだけでなく、働き方についても少し考えました。出世にこだわって上司にいい顔するタイプと、出世にそれほどこだわらず言いたいことがあれば言えるというタイプ。すべての人がこのどちらかというわけではないけれど、だいたいはこうなのかなと思います。どっちが正しいかはわからないけど、上司に気に入られたほうが上にいきやすいでしょうし、二つ目のタイプではこの本にもあったように出世の道が閉ざされたり、辞めなければならなくなる。これもおかしな話だなと思いました。
上に立つ人は仕事の能力と、人を引っ張っていく能力が必要だと思います。でも上司にいい顔をして気に入られ上にのぼっていった人に部下はついていくのか疑問です。役職は低くても正しいことを言い、部下思いの人の方が人望はあると思います。だから、いざというときに助けてくれる人や、ついてきてくれる人、心配してくれる人がでてくるわけで、力で押し付けているだけでは誰もついていきません。上に立つ人は人の上の立場にいるということ、自分の一言、行動で周りを、その人の人生をも変えてしまうことがあるという責任、自覚をしっかり持たなくてはいけないと思います。
最後にこの本が実話を基にしていることに、こんな理不尽なことが実際にあったのかと驚きました。自分も数年後には踏み込んでいく社会、きれいごとだけでは済まないのかなと改めて思い少し不安になりました。